ぷもも園

GABANダディー

「宇宙が広がってないか?」膨張宇宙説を唱えた知られざる天才物理学者の物語

 

 

膨張宇宙説は現在では学校の教科書にも入っちゃってるような天文学界からの信頼が太すぎる説ですがその発表当初は懐疑的な意見が多数派を占めていました。

 

当時の物理学の権威たちは揃ってこの膨張宇宙説を「あ〜ダメダメダメ!」と真っ向から否定したのです。

 

当時の物理学において最高頭脳と讃えられたガバルディ・アイ〜ンシュタインもこの説に対して「ヒクヒクしてるw」「キモ(罵倒)」などの彼らしい極めて論理的なシーチキンの太さを見せつけました。

 

この苦境に一人で立ち向かった天才がいました。

 

それがハイットゥリ・ハイトゥルです。

 

1919年1月9日にドイツで生まれた彼は幼い頃よりその類い稀な才覚を示し、「こいつ相当変態(的な天才)だな」とその将来を嘱望されていました。

 

そして1941年9月に22歳の若さで「宇宙が広がってないか?」という論文を発表し独創的な膨張宇宙説を展開、瞬く間にその斬新かつ太すぎる理論が天文学界の話題となりました。

 

そしてこの論文が起爆剤となり、各国の研究者たちが研究を深めた結果、数年後には膨張宇宙説が定説となりました。

 

当のハイットゥリはその後、一つの業績も残さないまま忽然と姿を消しました。

 

その失踪の真相は長年の間に渡って謎とされてきました。

 

しかし今年に入っちゃってからハイットゥリに関する様々な記録が彼の生家からホラ出ちゃったよ(新発見)。

 

その資料の中には彼が学界を追われるまでの経緯が克明に記されていました。

 

ハイットゥリの研究者はこういうの(新資料)で興奮すんの?

 

 

 

ハイットゥリはナチスドイツの狂信的な支持者でした。

 

彼は日頃から「ハイルハイル」を口癖にしていたという証言があり、その傾倒ぶりが伺えます。

 

そして彼は遂にナチスドイツの禁断の作戦に関わっちゃったぁ!

 

彼はナチスによって引き抜かれ、精鋭研究者たちを集めた通称「太い部屋(有名Flash)」と呼ばれる極秘軍事研究機関に配属されました。

 

太い部屋では連合軍に対抗しうる秘密兵器が日夜研究されていました。

 

そして遂に彼らの開発した兵器であるF.C.O.H は最前線で使用されるに至りました。これはのちのICBMの原型とされていて、ICBMの名前はこのFCOHを基にしていることは非常に有名です。このFCOHの特徴はなんといってもその太さにあります。太すぎるため、当時のドイツで使用されていた打ち上げ装置オムァンコが壊れちゃうなどのトラブルも発生しました。改良に改良を重ね遂にFCOHは実戦投入されるようになりました。

 

のちに巨根肉弾戦と呼ばれることになるこの戦いはこの新型兵器が功を奏し、(敵陣の)穴を広げました。ハイットゥリ自身も兵器の現場監督を務めるなどの大括約を見せました。カンディル攻略作戦では包囲され絶体絶命に陥った自軍を「ホラ、編隊親父征くぞ」と鼓舞し見事脱出、カンディルの占領に成功しました。

 

その後もハイットゥリは太い部屋の首脳メンバーの一員として様々な新型兵器の開発に取り組みました。

 

しかし、ナチスドイツが敗れたことで彼の運命は一転します。

 

彼は軍事研究によって大量殺戮に関与したとして軍事裁判の対象となったのです。

 

そして遂に彼は裁判にかけてください3という言葉(通称かけくだ3)を発しました。

 

ハイットゥリは法廷で一貫して無罪を主張し、関係者に対し、「変態親父」「スケベ親父」などの暴言を浴びせたという記録が残っています。

 

しかしその裁判の終わりの頃には

 

「許して亭許して!」など一転して許しを乞うような発言が見られたとの証言もあります。

 

長引く裁判のうちに、精神に異常を来した彼はとうとう女の子になりました。一説には肛門膣化症候群を発症していたとされています。

 

その後、彼はかろうじて無罪放免となったものの、研究職への復帰を禁じられました。

 

ハイットゥリはその後、現場監督として働き、74歳で鬼籍に入っちゃったぁ!

 

 

彼が晩年に遺した言葉をもって本稿を終えたい

 

 

 

「もっと感じてみろよ(宇宙の神秘)」