ぷもも園

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ケツデカ羅生門 第一話

 ある暮れ方の事である。落ち武者よろしく見るも無残に落ちぶれ果てたケツデカ課長が羅生門の下で雨やみを待っていた。

 昼過ぎに降り出した雨は一向に止む気配を見せない。雨足は弱まったかと思うと不意に強くなり、辺りの景色を幾重にも重なる靄の中に包んでしまうのであった。荒れ果てたケツデカには荒れ果てた羅生門がお似合いだった。柱には携帯の電話番号が書かれ、その隅にタチ野郎募集生掘りヤバ交尾大歓迎とデカデカとした走り書きが踊っている。ここの柱も板も、全ては書き込みやりたい放題リアルの掲示板だ。もっともここに書かれているのは十中が八、九まではこの手の卑猥な文句である。羅生門。この道のものならその名を知らぬ者などいないハッテン場。現に今も奥の傾いた柱の蔭では今しがたここで初めて出会った二人の男たちが早くも唇を重ねている。吹き募る風がハゲ散らかした髪を容赦なく捲り上げ、ケツデカの豊満な白い太ももに冷たい水飛沫を浴びせかけた。ケツデカはこんな些細な出来事にさえ、あまりにも酷い自然の仕打ちを感じずにはいられない。そうしてこんな事がある度に眉を八の字にして顔をしかめるのだった…

 

 あの日も確かこんな雨が降っていたかしら。やがてケツデカの脳裏には4年前の夏の一日がありありと思い浮かんだ。彼女のもとに舞い込んだ一通の手紙を震える指で開いたあの日を。

 

「冬アニメ声優オーディションのお知らせ」

 

 そのころのケツデカは声優志望の女の子だった。長い黒髪を風に靡かせ、エキゾチックで端正な顔立ち、スレンダーな肢体は艶めかしくも軽やかに歩く彼女は、まさしく美少女そのものだった。おまけにその声の美しさは天性の素質を遺憾無く現し、誰の耳にも心地よさを与えずにはいられなかった。そんな彼女が並み居る大物声優達をしのいで主役を掴み取るのはいわば当然のことだった。青白い細面の監督から、君が主役だ、言い渡された時の言いようのない優越感。それから彼女はスターに上り詰める自分を思い描いた。この大作アニメの主役に抜擢されたのだから、私はそのあとも一流声優として、ずっと引っ張りだこに違いない。いくらでもいくらでも嫌という程お金が入ってくるに違いない。東京のタワマンに住もうか、それともいっそのこと港区あたりにでも一軒家を立ててしまおうか。それから私は男達にチヤホヤされるに違いない。この声と顔とスタイルならどんな男でも落とせるに決まっているもの。もしかしたらエチオピアの王様にでも求婚されちゃうのかしら。彼女はこんなことを考える帰り道、知らず知らずのうちに鼻歌を歌いながら歩いていた。

 放送前にも関わらずアニメ業界は冬の大作アニメの主役に一躍抜擢された声優の話題で持ちきりになった。声や顔写真などの情報が公開されるとその美貌美声にファンの間に激震が走った。ブームはより一層ヒートアップし、雑誌ではロングインタビューなどの特集が組まれ、ネット番組にも毎日のように出演した。その度にファン達から寄せられるのは好評、絶賛!の嵐。1000年に一度の美少女、天使の美声、平成のシンデレラ、アニメ史上最高の声優・・・彼女は早くもあらゆる名声を欲しいままにした。

 

 何もかもが彼女のために誂えられたかのようだった。太陽は彼女のキュートなフェイスとグラマラスなボディーを照らすために。月はメランコリックな物思いに沈む彼女の艶いた美を引き立てるために。花も蝶も鳥達もみな彼女の光溢れる将来を約束し、祝っていた。自尊心はあらゆる常識を踏みにじるものである。もしこの時の彼女に、世界は彼女を中心に回っているのだ、と言ったならば彼女はその口許に冷ややかな笑みを浮かべて「そんなことを今更どうして?」と答えたことだろう。

 

 アニメの収録が始まったのは並木の銀杏が金色に染まり、木枯らしが厳しい冬の訪れを告げる頃だった。