
鉱物が溶け込んだ、眩しいほどのエメラルドグリーンの水を満々と湛えた窓外のオマン湖は、地平線を埋め尽くすほど裕次郎のごとく、果てしなく広がっていた。山間を身をくねらせて進む2両編成の列車からは、時折、都営大江戸線のような轟音や、馬のいななきのようなものすごいエンジン音が聞こえるのだが、それはこの車両から発される音ではなくて、運転士のルーズ・ホール氏の口から洩れてくるものだと気が付いたとき、私は度肝を抜かされた。
「次に停車するんがナニガ・キモチーノやど、ホラ、忘れ物がないか、ようし見ろ。」
さいきん駅員から昇進したばかりだというスィマダ車掌の、よく言えば世話焼きの母ちゃん風、悪く言えばテクなし指示厨妊娠妄想眼鏡デブ細い鯖缶野郎の、高圧的な車内アナウンスが、プモモン語特有の、もんもんとした篭り勝ちの発音を基調として、スピーカーから車内にぶちまけられる。そのたび私は、なまじプモモン語を勉強してきたがゆえに、かれらのどうしようもない猥雑なニュアンスを孕んだ言葉たちを、不幸にも理解できてしまうことの苦痛に耐えねばならなかった。
もっとも、こうした乗客軽視の姿勢は、スィマダ車掌だけではないらしい。この国の鉄道員にとって、乗客というのは、お客様ではなくて、あくまで輸送する荷物であり、いわば「世話の焼ける奴隷」にすぎないのだ。しかしながら、車内放送を使って行うルーズ・ホール運転士との交信に、男性器や女性器の俗称を連呼するのは、どうにもいただけない。ルーズ・ホール氏も氏で、スィマダ車掌につられるが如く、しきりにまんまん言葉を連発する有様だ。まったくもって救いがない。
午後1時9分4秒、19分遅れで、ナニガ・キモチーノの駅に到着した。ここはシマダーニ・ナショナル・レイルウェイの中心駅である。もっとも、この路線でハッテンしているのは終点、シマダーニくらいのものだから、この駅が路線の中心といっても、決してにぎやかなわけではない。しかし、商店や、警察署、郵便局その他は、まがりなりにもひととおり揃っていて、いずれも駅舎の前の大通りに甍を連ねている。
始発のオッパリヤから乗って来た乗客もまとまって降りたが、ここから乗ってくる客はいない。それもそのはずで、ここから先は本格的な山間部に差し掛かるため利用客は少ない。おまけに終点シマダーニは、ここオッパリヤとは、文化風習さまざまな面において大きく雰囲気を異にする、シマダーニ共和国に属する。国境の長いトンネルの前に国境警備隊が配備されており、シマダーニへの乗客は厳しい入国審査を受けると聞いた。
時刻表ではナニガ・キモチーノには43分停車することになっているが、定刻になっても、車掌も運転士も席を外していて、一向に走り出す気配がない。対向列車が遅れているのだろうか。ここで一幕、ナニガ・キモチーノに伝わる伝説でも語っておこう。
『かつて、この土地には、人がいなかった。いや、人はいたのだが、いずれも繁栄することなく、消え去ってしまった。なぜなら、かれらは人間を殖やすすべ、すなわち性交の仕方を知らなかったからである。
そんなあるとき、シマダーニのほうから伝道者がやってきた。伝道者は、この土地の寂しさに驚いた。そして、わずかに残っていた村人に、その理由を訊ねた。住人は、人間を殖やす方法がわからないから、人が移り住んでも、すぐに絶えてしまうのだと、伝道者に答えた。
「ようし見るわ」
伝道者は、目の前で村人にじっさいに性行為を行わせ、それを監修することとなった。子孫が繁栄しないだけあって、村人たちの性行為は、あまりにも拙いものだった。「もっと見えるようにしないと」「舌出せ舌」「音立ててしゃぶらなイカン」。伝道者は、性行為に励むものの、悪戦苦闘する二人に、適切な指導を与えた。
やがて性行為は、佳境に差し掛かった。伝道者の、獲物を狙う鯛^~のような目は、ある異変を見逃さなかった。かれは二人に問いかけた。
「何が気持ちいいの?ん?何が気持ちいいの?」
「お尻の穴が・・・」
伝道者の予感は的中した。かれらは、肛門性交によって、子どもが生まれると信じ込んでいたのだ。
「違うだろぉ?」
伝道者は、お尻の穴を使った性交ではなにも産まれないこと、お尻の穴に代わる穴が存在すること、それからその呼び名を、村人に教えた。
「もっかい言ってみな、おまん、こーって」
伝道者は、村人が新しい穴のありかと、その呼び名を覚えるまで、何度も連呼させた。伝道者は、それを教えると、南を目指して去った。
しばらくすると、村人たちのあいだには、腹が大きくなる者が何人も現れた。恐ろしい病が流行ったのだと、人びとは恐れた。
病人たちの腹が大きくなりきった頃に、あの伝道者が、南から帰って来た。村びとたちは、奇病が流行っているのだと、涙ながらに、伝道者に縋った。しかしそれを聞いた伝道者は、おだやかに笑みを浮かべた。それからうろたえる村人たちを
「おい、力抜け」
と言って諭した。折しも、ある家で腹が太くなった者が、ひどく苦痛を訴えているという。伝道者は、その家に入ると、右往左往している村人たちをかきわけ、腰を下ろし、やさしく腹を撫でた。伝道者はこう言った。
「泣け、もっと。」
腹の太い者は、より一層叫んだ。すると股のあいだから、なにかが出てきて、それは呱々の声をあげた。村人のあいだに、歓声がはためいた。いま、確かに、この村ではじめての命が、誕生したのだ。
「産湯入れたるからな」
伝道者は、赤ん坊をやさしく産湯につけた。それから赤ん坊の唇を、みずからの胸にあてがった。
「おいしいか?」
伝道者の胸からは、真っ白な乳がほとばしり、赤ん坊は渇きを癒すかのように、一心不乱にそれを飲んだ。
そして母親に赤ん坊を渡すと、同じように乳を吸わせよと言った。これもうまくいき、赤ん坊は母親の乳を飲みはじめた。伝道者は親指を立てて
「あぁ、よう沁みる」
と言い、去ろうとした。村人たちは、いろいろな条件を出しては、伝道者を留めようとした。あるいは礼として、イカキムチのカップ焼きそばやイタリアンチェーン・オッパリヤの10%引きクーポンを差し出すものもいた。
しかし、伝道者は、自分が行ったことは当然のことだ、この村はもう子孫の残し方を学んだから栄えるだろうと言って、受け取らなかった。それから私にはまだ、伝道を待っている遠くの同胞たちに、知恵を授ける使命があるといって、多くの村人に見送られながら北を目指して旅立っていった。
伝道者の名はシマダといった。それからのち、この村は人口が増え、現代にいたるまで繁栄している。しかし、もとをたどれば、シマダが性交のしかたを教えてくれたからなのだ。だからこの街には、かれが人びとに性交のしかたを教えるきっかけとなった言葉である「ナニガ・キモチーノ」という名前が付けられた。シマダは、地母神の化身であると信じられ、聖母のように赤ん坊を抱くシマダの銅像はいまもシマダ教徒のシンボルである。』(出典:「シマダによる福音書」・島一教会出版部)
これだけ読めばシマダは聖人だが、出典が出典だけに、信憑性には注意を要する。じっさい、かつてはシマダ信者一色だったこの街も、いまや人口の90%が、18世紀末のオッパリヤに表れた伝説的な宗教者・コンスケ聖太子を崇めるテキーラ教に改宗しているという。かれらによる浄化(シマダ信者たちは迫害と呼んでいるが)により、シマダ信者の多くは故郷を去り、シマダーニという独立国家を山奥に建設した。
「誰もさわれない、シマダだけの国」
これがシマダ―二国のスローガンであり、いまなお信者以外の入国を頑なに拒んでいるのだ。そしてそのシマダ―二国の中央駅こそが、この列車の目指している「島田」駅にほかならない。
1時94分19秒、列車はかなりの遅れをもって、ナニガ・キモチーノの駅を出発した。空いているが、列車の足取りはやけに重苦しい。車内を見ると、乗客がみな、太めの中年男性ばかりになっているのに気づかされる。ある旅行好きの友人は「ナニガ・キモチ―ノの向こうからシマダ―二鉄道の神髄に突入す」と言っていたが、どうやらその言葉に間違いはないらしい。
列車は右へ左への急カーブに翻弄されるように、のろのろと進んでいる。勾配もかなりきつくなっているように思える。列車はようやくスッチョムの駅に到着した。寂れた、駅前旅館のほかにはなにもないような駅だ。ここはスイッチバック方式になっていて、時刻表通りなら30分の停車時間が設けられている。
駅舎のなかが見え、駅長は電話にかじりついている。そこまではいいのだが、この細い、筋肉質で口ひげを蓄えた駅長は、なぜか一糸まとわぬ姿であった。雨模様の空と相まって、どこからともなく不安が萌してくる。
やがて、前方からルーズ・ホール氏が通路を歩いてきた。後ろから聞こえる足音は、スィマダ車掌のものだろう。列車の進行方向が変わるから、前と後ろが入れ替わるのだ。
私からほど近い通路上ですれ違うかに思えた二人は、なにやら談じこんでいる。なにか不具合でもあったのだろうか。大雨でも起きて、不通になっているのかもしれない。そうなるとここで一泊ということも考えねばならないが、どうもあの駅前旅館には、なにかよからぬ香りがする。
そんなことを思いながら、ぼんやりと窓外に目をやる私の耳に、なにか吸い付くような、水っぽい音と、唸り声のような声が車内から届いた。私は、その音のほうに、やおら顔を向けた。
(続く)

